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2011.02.24 Thursday
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    松本城

    2010.06.16 Wednesday
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      この前の日曜日弾丸ツアーしてきました

      …って1人じゃぁツアーって言わないか

      ずっと城巡りしてなくってムラムラしてたから

      どっか行ってやろうってだいぶ前から考えて

      いた訳なんだけど、何処に行くか悩み…

      結局現存天守に行くしかないだろうと

      松本へいざ出発

      駅からちょっと歩くんだけど、

      途中でお昼ご飯を食べて、またテクテク


      ☆.。.:*(嬉´Д`嬉).。.:*☆


       松本城 



      オォォーーー!! w(゚ロ゚;w(゚ロ゚)w;゚ロ゚)w オォォーーー!!

      2年ぶりですね

      私が気に入ったのが下の写真



      お堀に映った天守



      マニアック過ぎて解らないかもしれんが、

      実際お堀に映った天守は凄く綺麗でした

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      小諸城

      2008.08.14 Thursday
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        わさび農場に行った後は小諸城(懐古園)へ

        すでに兄は走行距離400キロ近いし、

        宿泊先の上田に向かったんだけど、

        まだ元気らしく…予定外の小諸へ

        時間があったら行きたいなぁと思ってたから

        ラッキー

        小諸城の起こりは、平安時代から鎌倉時代にかけて「源平盛衰記」や「平家物語」に登場する小室太郎光兼(木曽義仲の武将)が現城址の東側に館を築いた。またその後、大井光忠が小室氏の勢力をおさえて鍋蓋城を築きその子光為がさらに出城として乙女坂城、別名白鶴城(二の丸跡)を構えたが、武田信玄の攻略により落城。信玄はこの地が重要であることから山本勘助と馬場美濃守信房に命じて築城したのが、現在の小諸城祉で”酔月城”ともされている。

        その後、織田信長の将滝川一益、徳川家康の将松平源十郎康国が城主となった。さらにその後、仙石秀久が城主となって二の丸・黒門・大手門を建て、その子忠政が三の門・足柄門を建て現在の小諸城が完成した。その後、城主は徳川・松平氏などに六氏に変わり、元禄15年(1702年)、牧野氏になり十代続いた。

        この城の特徴は、全国的にも珍しい城下町より低い穴城で、浅間山の火山灰でできているため、水を用いず、崩れやすい断崖が堅固な要塞となっている。

        明治4年(1871年)の廃藩置県で役割を終え、明治13年(1880年)に神社を祀り、懐古園と呼ぶようになった。(懐古園で貰ったパンフ引用)
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        松本城

        2008.08.14 Thursday
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          8/10に念願だった松本城

          午前2時にを出発し、

          休憩を取りながら着いたのが午前8時

          ほとんど寝てないし、前の日も仕事だったから

          バテバテだったんだけど、

          松本城を見たら眠気スッキリ


          創始
          松本城は、戦国時代の永正年代初めに造られた深志城が始まりです。戦国時代になり世の中が乱れてくると、信濃府中といわれた松本本平中心の井川に館を構えていた信濃の守護小笠原氏が館を東の山麓の林地区に移すと、その家臣らは林城を取り囲むように、支城を構えて守りを固めました。深志城もこの頃林城の前面を固めるために造られたのです。その後甲斐の武田信玄が小笠原長時を追い、この地を占領し信濃支配の拠点としました。その後天正10年(1582年)に小笠原貞慶が、本能寺の変による動乱の虚に乗じて深志城を回復し、名を松本城と改めました。

          天主築造
          豊臣秀吉は天正18年(1590年)に小田原城に北条氏直を下し天下を統一すると、徳川家康を関東に移封しました。この時松本城の小笠原氏は家康に従って下総へ移ると、秀吉は石川数正を松本城に封じました。数正・康長父子は、城と城下町の経営に力を尽くし、康長の代には天守3棟(天守・乾小天守・渡櫓)はじめ、御殿・太鼓門・黒門・櫓・堀などを造り、本丸・二の丸を固め、三の丸に武士を集め、また城下町の整備をすすめ、近世城郭としての松本城の基礎を固めました。天守の築造年代は、康長の文禄2年から年(1593〜4年)と考えられています。(松本城で貰ったパンフ引用)
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          上田城

          2008.06.16 Monday
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            最近『』に興味があるあたし

            なぜだかは自分でもわかってない

            しかも知識もない

            こんな私が城に興味をもってしまって、

            いいのだろうかちと心配





            という訳で長野県上田市に用事があり、
            上田城へ行って来ました


            上田城は1583年に真田昌幸が築城、

            平城で二度に渡って徳川軍の

            攻撃を守りぬいた戦国の名城らしい

            ちなみに天守があったのかは解らないらしいよ


            東虎口櫓門(写真)に行くと南櫓&北櫓を含め、

            ちょこっと中が見学出来るのね。

            しかもこの東虎口櫓門は1994年に

            復元されたばかりだから、

            木の匂いがまだして、とっても綺麗でした

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